久留米の木村屋が閉店、“まるあじ”を食べられるのはいつまで?


久留米市の老舗パン店・木村屋が閉店すると発表しました。

この報道を受け、地元はざわついています。
特にあの「まるあじ」は食べられなくなってしまうのか? と心配する人多数。

ということで、「まるあじ」や「まるあじのがわたん」がどうなるか、もう食べられなくなってしまうのか、調べてみました。
また、ネットの声も拾わせていただきました。

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久留米の木村屋の閉店はいつ?

木村屋の営業は、2017年1月31日と報じられています。
「まるあじ」を食べられるのもそれまでなのでしょうか?

木村屋さんに問い合わせてみたところ、報道のとおりでそれ以上は応えられない、ということでした。
まるあじ、がわたんについても、残念ながら話していただけた内容はななかったです。

報道を見ると、木村屋の工場は同じ福岡県でパンを作っている、新宮のフランソアが引き継ぐそうです。
従業員さんたちの雇用も守られるようでひと安心。
さらにフランソアは、木村屋の主力商品についても製造を続けることを検討しているとか。

・・・少し期待できそうですね。
「まるあじ」が主力でなくて何とする、て感じです。

久留米の木村屋の「まるあじ」とは?

とはいえ「まるあじ」はあくまでローカルな地元の味。
それって何なの、という方もいらっしゃるかも知れません。

tweetを引用させていただきますが、こんな感じのものです。

歯ざわりのいいビスケット生地が、地元の味、思い出の味になっている人も多数。

さらに「まるあじ」のサクサク生地にフォーカスした「がわたん」というものもあって、こちらは、まるあじの上生地だけを焼いたもの。

どうです、懐かしい昭和なおやつの香りが漂ってくるでしょう?
工場を引き継ぐフランソワさんに、まるあじファンからの厚い視線が注がれていることは間違いないでしょう。

木村屋のあんパン精神と“まるあじ”

ところでパンの木村屋と言えば、あんパンを日本で最初に作った東京の木村屋總本店が有名です。
1874年(明治7年)のことだそうですね。

創業者は木村安兵衛と次男の木村英三郎。
明治天皇への献上がきっかけで宮内省御用達となり、その名が知られることになりました。
木村屋總本店は今も銀座で存在感を発揮し続けています。

福岡に、このあんパン発祥の有名店と同じ名前の人気パン店があることに驚いた方も、全国にはいらっしゃるかも知れませんね。

モグリか?

いえいえ、ここ久留米の木村屋さんは、東京の木村屋さんからのれん分けされたお店なんです。

ほかにも木村屋總本店からのれん分けしたお店はいくつかあり、久留米の木村屋さんはwikipediaによると一番新しいお店になっています。

(参考:木村屋總本店 – Wikipedia

あんパンは、一般のパンに比べて和菓子に近い作り方をしているため、和テイストであるあんにマッチ。
以来日本人にとっては定番の菓子パンになっています。
考えてみれば21世紀の今も愛されているってすごいことですね。

由来を知ると、まるあじにも、このオリジナリティあふれる木村屋精神が生き続けているような気がしてきます。
個人の感想ですけど。

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久留米の木村屋の場所はどこ?

木村屋は従業員200名ほどで、久留米市に本社工場、小売店鋪が五つあります。

このニュースを聞いて、閉店前に行ってみたいという方もいらっしゃるかも知れませんね。
久留米の本店の場所をお示ししてみましょう。

「動かす」に切り替えると操作できます。

木村屋の外観

本店はつつましくも愛らしいたたずまい。

まるあじを惜しむ声

ネットにも、まるあじを惜しむ声が多い。

おわりに

最近はおしゃれなパン屋さんも増えていますが、昔ながらのパン屋さんも有り続けて欲しい、と思うのは消費者のわがままなんでしょうか。

まるあじ、まるあじのがわたんが残ってくれたら、と思います。
多分、大丈夫なんじゃないかな、、、、
そして久留米の木村屋さんの記憶も語り継がれたらいいなと思いますね。



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