『エキセントリック』(欅坂46)の歌詞の意味と、表題曲にならなかった理由

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飛ぶ鳥を落とす勢いの欅坂46。センター平手友梨奈の凄まじいとすら思える成長っぷりとともに、人気はうなぎのぼりです。
そして昨3月24日、4thシングル『不協和音』のカップリング曲『エキセントリック』が発表されました。

この『エキセントリック』、表題曲の『不協和音』と対を成すような都会的な響きをもっていて、欅坂としては新しい。

今回はこの『エキセントリック』の歌詞を見ながら、その意味を考えてみました。

また、プロデュースと作詞を担当した御大・秋元康氏は、この『エキセントリック』を表題曲にすることも考えていたようです。ではなぜ表題曲にならなかったのか? 真相はわかりませんが、私なりに理由を考えてみます。勝手なことを書いてますので、心の広い方にお読みいただけたらと思います。

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おしらせ〜改訂作業中です

こちらの記事は改訂作業中です。
ご訪問いただいたところ、申し訳ありません。

エキセントリック(変人)が生まれるまで

歌詞に沿って見ていきたいと思います。
作詞は秋元康氏。

冒頭、、

あいつがああだと言ってた
〜〜
違う自分存在するよ

自分についての情報が、自分の知らないところで一人歩きする。
そういうことは昔からありましたが、SNSやネットが当たり前になった現在では、規模・機会ともに爆増しています。
いったんその拡散プロセスが始まると収集は不可能。沈静化させようとしてもままなりません。

箍(たが)っていうのは木桶がバラけないようにはめられている輪のこと。今では目にすることは少ないですが、画像検索すると、あ〜あれね、とわかると思います。「箍が外れる」などという時使われますが、これは歯止めがなくなり形が維持できなくなる状態。ここでの文脈では、いったん人から噂されるような存在になってしまうと、その存在イメージは本人の実体を離れて無責任な噂の場のなかで拡散、なんでもありな人間像に変形していく、って感じかと思います。

一方、楽曲のタイトルにもなっている“エキセントリック”の意味は、ズバリ言ってしまえば “変人”。
周囲の世界から浮き上がり、変人として後ろ指を指される存在の視点を、私たちはこの冒頭のフレーズから共有することになります。

エキセントリックとマジョリティー

何が本当なんてどうでもいい
〜〜
また同じことの繰り返し

いったん変人とレッテルを貼られてしまうと、それを訂正するのはかなり難しい、というか実際無理。
情報は伝聞、そのまた伝聞、として大量に複製され瞬時にネットで広まっていく。
その拡散を止めることはできないし、訂正してもしきれるものではありません。

ところで、変人というのは変わった人という意味ですから、少数派です。
対極にはマジョリティーがある。

恐ろしいのは、いったん変人(エキセントリック)というレッテルが貼られてしまうと、その人は多数派とは異なる存在として、コミュニケーション不可能な存在として扱われてしまうことです。
本来は、違いがある立場同士こそしっかりと話し合わなければならないのですが、最近では全く逆に「レッテル貼付 → コミュ不可存在化 → 仲間はずれ → 叩き」という図式が定式になっている(ように感じます)。
背景には、叩く相手を常に探している屈折したマジョリティーの心理がある。明示されることはありませんが、それは未必の悪意とでも言うような、フラストレーションの卑怯な表現形式です。

もうそういうの、うんざりなんだよ

常に少数者をあぶりだそうと、無意識に物色しているマジョリティー。
その中で、変人としてあぶり出された者の心の声が、ここで表明されている。

うんざりだ・・・この諦念とともにつぶやかれた言葉と表裏をなすのは、まさにカップリングされた表題曲『不協和音』の中の「僕は嫌だっ!」という叫びでしょう。

誰もが風見鶏みたいに
〜〜
変わり者でいい

多数派は自分の意見を持っていない(あるいは抑圧している)。だから柔軟に風を見て立ち回ることができる。
でもそんな生き方を拒否しようと思えば、エキセントリックになるしかない。
周囲から浮き上がり、後ろ指を指され、悪意ある噂を立てられる存在として扱われることを、受け入れるしかない。

もういいよ、わかってもらおうとは思わない。心を閉ざせば済むこと。そうさ、僕は変人だ。

エキセントリックであること

仮に私の読み方がそう的外れではないとしたら、の話ですが、ここまでの歌詞は『不協和音』とよく対応しているように感じられます。つまるところ『不協和音』も、自分を押し殺して表面的な調和の中に同化することを拒む存在が描かれています。でも、これ以後が大きく違います。

理解されないほうが
よっぽど楽だと思ったんだ

理解されずにいることは、楽、なのです。
もちろん周囲と交われないことは、基本的には苦痛です。
しかし、自分を曲げて多数派に同調するよりはいい。エキセントリックな人々はそう感じる。
他方、自分を曲げる苦痛の方が楽だと思う人は、マジョリティーに同化する。
・・・双方ともに、無理がありますよね。

変人だという苦痛を受け入れる代わりに僕が僕自身であることを選ぶ、という戦略は、現実にもよく行われていることかも知れません。かく言う自分も若い頃そんな時あったように思う。でもそれは、残念ながら結局のところ欺瞞です。
後のほうの歌詞ではっきり出てきますが、僕は自分のことを“普通”だと思っている。
自分で思う自分(普通)と、他人が思う自分(変人)。この矛盾をとりあえず我慢して、まあそれでもいいや、と自分を欺くこと。これはつまり世渡りのためのひとつの戦略でもある。この意味では、多数派が自分の内面をごまかして世渡術を使っているのと決定的な違いはない、と言えます。

『エキセントリック』と『不協和音』の違い

むしろ逆の意味で決定的なのは次の一節。

愛なんて縁を切る
はみ出してしまおう
自由なんてそんなもの

周囲の世界を否定する余り、エキセントリックは愛や自由まで否定してしまいます。

愛などいらない。世の中の外側に出て、ただ自分の世界だけに閉じこもれば、そこに自由があるじゃないか。自由ってそんなものだろ?

この心情の背景には、虚無感が色濃くにじんでいます。
私は楽曲のことはよくわからないのですが、『エキセントリック』の醒めた響きは、全編を覆う虚無感とよく合っているように思います。

『エキセントリック』の虚無〜表題曲にならなかった理由

ですがこの虚無感は表題曲の『不協和音』の熱さと対照的。
前面に突き出したてちの拳にメンバーたちが結集。見えない同調圧力の分厚い壁を突き破るべく、くさび形の陣形で格闘、前進していきます。世の中から退場せず、内面に閉じこもることもせず、同じ次元で戦っている。

『不協和音』のエンディングフォーメーション

最新シングル『不協和音』のパフォーマンスより。ラスト、欅坂46を象徴する“坂道マーク”のフォーメーションを組むシーンで、平手友梨奈はまるで刃物の切っ先のようにも見える
出典(画像共):[写真] 平手友梨奈が欅坂46のセンターにいる理由。何が彼女を輝かせているのか?(週プレNews) – エキサイトニュース

少女功夫たちが虚無に埋もれることなく自由の価値を固く確信していることは、『不協和音』のなかの「まさか自由はいけないことか」という歌詞から読み取れます。また、愛を否定していないことは2ndの表題曲でも明らか。世界は愛しかないと信じることこそ、自分たちのアイデンティティなんだ、と歌っています。


このあたりの違いが、『エキセントリック』が表題曲にならなかった理由かな、と私なりに感じています。
多数派の世界と積極的に関わっていくのか? それとも諦めて距離をとるのか?
『サイレントマジョリティー』以後の表題曲を振り返ると、やはり退場しないで関わっていこうというメッセージが聞こえてくるのではないでしょうか。

気に障った方がいたら申し訳ないと思います。いち視聴者に過ぎない私の見方で、これが正解というつもりはありませんので、どうぞご容赦ください。

続きの歌詞をご案内して、最後に『エキセントリック』が表題曲候補であった意味を考えます。

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『エキセントリック』が表題曲になるには?

エキセントリックであることは、世渡り術のひとつなんじゃないか、と書いてしまいました。
ちょっとムカっときた人もけっこういるかな、って思います。
というのも、今の世の中に窮屈さを感じたとしたら、エキセントリックな生き方って、現実的にとり得る一つの選択肢だと思うんですよね。

今を生きるには、ちょっと世の中とずれたところを自分に許すと同時に、そのずれで生じてしまう孤独を一種のコストとみなすような発想が、多かれ少なかれ必要じゃないかなって思います。
だからきっと、エキセントリックな部分は誰もがもっている。楽曲としての『エキセントリック』が私たちに響くのはそういうところじゃないでしょうか。

多くの人の心に響くのではないかという点で、『エキセントリック』は表題曲になりかけていたのかも知れない。
変人として後ろ指を指されることを恐れず、それを肯定して生きていこう、という点では、表題曲候補としてバッチリだと思います。ただ、その場合は

愛なんて縁を切る

と、

自由なんてそんなもの

は別の言葉に置き換えられ、もしかすると曲調ももっと激しいものになっていたのかな、って思います。

また長くなってしまいました。
完全ににわか欅ヲタ化してます(笑)。
最後までご覧くださった方がいらっしゃったら、お礼申します。読みにくい文章で申し訳ないとも思います。


 

 

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