ドクさんが客員教授になるのはいつから? 広島国際大学の場所はどこ?

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今月初旬、2017年3月のことですが、天皇皇后両陛下がベトナムのハノイを訪れた際、結合双生児として生まれたグエン・ドクさんと面会なさったことがニュースになりました。
1988年に分離手術を受けた後兄のベトさんは亡くなりましたが、ドクさんは健在。日本とベトナムの交流に貢献したいと陛下に伝えたそうです。

そのドクさんの言葉がさっそく現実化しそう。広島国際大学で教鞭をとるというニュースが入ってきました。

今回はベトさんを招聘した広島国際大学がどんなところなのか、ベトさんの身分の客員教授とはどういったもので、いつから教鞭をとることになるのか、そのあたりを調べてみました。

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ドクさんが広島国際大学に就任〜ニュースの概要

ベトナム戦争で米軍が散布した枯れ葉剤の影響とされる結合双生児として生まれ、分離手術を受けたグエン・ドクさん(36)が4月、広島国際大(広島県東広島市)の客員教授に就任する。
年に数回、平和や命の大切さなどを講義する予定。
出典:結合双生児だったドクさん、広島で客員教授に (読売新聞) – Yahoo!ニュース

結合双生児として生まれたグエン・ドクさん

みなさんもある程度はご存知だと思いますが、グエン・ドクさんは結合双生児でした。
ベトナム戦争のさなか、ジャングルでのゲリラ戦に難渋したアメリカ軍は枯れ葉剤を散布。その遺伝子かく乱作用によって、兄ベトさんと下半身がつながった状態で生まれたのです。1981年のことでした。
二人は別人格でありながら身体を部分的に共有。世界中に衝撃を与えました。
1988年に分離手術を受け、兄のベトさんには左足が、弟のドクさんには右足が残されました。
この時の手術には日本から医師団が派遣され、以後も日本から義足が提供されるなど、日本との関わりが深い面があります。
兄のベトさんは分離手術後に寝たきりとなり、残念ながら2007年に亡くなってしまいました。一方、弟のドクさんはプログラミングを学び、働いて、結婚もしています。結婚式の際、障害者も働ける旅行会社を設立したいという夢を語ったと伝えられています。

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広島国際大学とは?

さて、日本とのかけ橋になりたい、と語ったドクさんを招いた広島国際大学とはどんな学校なのでしょう?

設立は1988年、広国(ひろこく)と略称される私立の大学で、中四国地方では有数の規模。
東広島を中心に、呉、広島にキャンパスを持っています。
中心は医療系で、7学部10学科、4研究科10専攻を有しています。
教育理念は豊かな人間性と命の尊厳。

設置学部を見ると、
・保健医療学部
・医療福祉学部
・医療経営学部
・看護学部
・心理学部
・総合リハビリテーション学部
・薬学部
などがあり、教育理念と照らし合わせると、なるほどドクさんを招聘する理由も想像できる気がしてきます。
私の想像の域を出ませんが、戦争によって命や尊厳を翻弄された経験をお持ちなわけですから、力のある言葉を聞くことができそうです。

広島国際大学の場所

場所は黒瀬キャンパスと呼ばれる東広島と呉、広島市中区の広島キャンパスがあるのですが、今回は本部機能を持つ東広島キャンパスの場所をメモします。

所在地は、広島県東広島市黒瀬学園台555-36になります。

「動かす」に切り替えると操作できます。

ドクさんの身分・客員教授とはどんなもの?

気になるドクさんの身分ですが、客員教授だと報じられています。

客員教授というのは、非常勤の教員のうち教授相当の職位がある人、とされています。
基準や任期、給与をはじめとする待遇に法律的な決まりは特にないようで、著名な人を講師として迎える際に一般的に使われる言い方のようです。

ドクさんの講義はいつから?

報道によると4月から客員教授になる、とあります。
しかし講義は年に数回ということなので、時期はこれから調整されるのかと思います。

一般的な話ですが、大学では学外に開かれた公開講座、公開授業などが行われる場合もあります。ドクさんの講義、一度くらいはそういう機会を設けてくれたらな、と思うのは私だけでしょうか?

おわりに

ドクさんは36歳。結合双生児を生み出してしまった科学技術も凄まじいですが、分離手術をした医学も凄い。その双方を自らの人生に背負うことになったドクさんは、さらに凄い気がします。これを機会に、日本でもますます活躍して、その言葉を聞かせて欲しいものです。

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