『椰子の実』の歌詞の意味、乗っかるみね子が可愛い過ぎる!〜『ひよっこ』

乙女寮のコーラスで歌われた『椰子の実』、おなじみの曲ですが、あらためて聞くとたいへんいい曲ですね。歌詞も味わいがあります。ドラマの登場人物たちの身の上と重ね合わせると、あらためてその意味がわかりやすく心に入ってくる気がします。

そこで今回はその『椰子の実』の歌詞を(ドラマの中でも紹介されていましたが)書き留めてみたいと思います。古い歌詞なので一部わからないところは意味を確認してみました。
ほか、この歌詞が誕生した際のエピソードや、きっかけになった場所、椰子の実そのものについて〜特にココナツとの違いを確認してみました。

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『椰子の実』の歌詞と意味

まず、肝心の『椰子の実』の歌詞からみていきましょう。

作詞は島崎藤村(1872年3月25日〜1943年8月22日)です。

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

故郷(ふるさと)の岸を 離れて
汝(なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

旧(もと)の木は 生(お)いや茂れる
枝はなお 影をやなせる

我もまた 渚(なぎさ)を枕
孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ

*浮寝とは船の中で寝ること。

実をとりて 胸にあつれば
新(あらた)なり 流離(りゅうり)の憂(うれい)

*流離とは、今はあまり使わないと思いますが、流浪のこと。

海の日の 沈むを見れば
激(たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙

*たぎるとは、お湯が沸騰すること。

思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
いずれの日にか 故郷(くに)に帰らん

あらためて意味をたどるのも無粋でしょうけれども、簡単に内容をたどってみたいと思います。

海岸に打ち上げられた漂流物には、時に外国の文字が書いてあったりして、想像力をかき立てられるものですよね。珍しい木の実となれば、そこから遥かな異国へ思いを馳せることもあるでしょう。

そんなきっかけから始まって、椰子の実の旅程を思いやり、それが自分の身の上に翻る、という大筋だと思われます。

この木の実は、どれほどの長旅をして来たのだろう?
もとの木は枝をのばして、影を落としているだろうか?
自分もこの実と同じように、落ち着かない身の上だ。
実を胸にあてれば、流浪の人生の悲しみがあらたになり、故郷への思いが涙となってあふれる。
遠い故郷への思い、いつの日か帰りたい。

表面的ではありますが、まずはこんなところかと。

「浮寝」とか「流離の憂い」あたりから、深読みもできそうですが、そこらへんはそれぞれのお楽しみ、でしょうか。

『椰子の実』が出来るまで〜由来とエピソード

さきほども書きましたが、この『椰子の実』の作者は島崎藤村。岐阜県出身の、明治の詩人・小説家です。
『若菜集』『破戒』『春』『夜明け前』などの作品で有名。

『椰子の実』は『落梅集』という詩集におさめられています。
今の愛知県の伊良湖の海岸に椰子の実が流れついた話を、民俗学者・柳田國男が島崎藤村に語り、そこにインスピレーションを得て生まれた歌詞だと言われています。

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椰子の実が流れ着いた場所はどこ?

椰子の実が流れ着いいていたという伊良湖の浜がどのあたりなのか、地図で確認してみましょう。
柳田國男が椰子の実を見つけたその場所ズバリ、という地点はわかりませんが、イメージの助けにはなりそうです。

グーグルマップ

「動かす」に切り替えると操作できます。

ココナツとヤシとの違い

さきほどの伊良湖のビーチにも名前がついていましたが、ヤシとココナツとはどう違うんでしょう?

基本的には、同じものと考えてよいようです。

ココナツ(ココナッツ)はヤシ科の植物「ココヤシ」の果実。種の内側の白い部分とミルクが飲用やオイルとして利用されています。
ヤシの実と言う場合はほぼこのココナツの果実を指すのですが、ヤシにはココヤシの他にもアブラヤシやカナリーヤシなど、別の種類もあるのです。そのためこれらのココヤシ以外の実も、ヤシの実と言えます。

ネットの反応〜椰子の実に乗るみね子が可愛い!

この椰子の実の上のみね子、ほんとうに可愛い!
グラフィック全体もいい感じです。『ひよっこ』のスタッフさん、ちょいちょい腕の良さをみせつけてくれます♪



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おわりに

以上、はなはだ簡単ですが『椰子の実』の歌詞とその意味についてでした。

最後までご覧くださり、ありがとうございました。

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