亀石倫子弁護士の“鼻”が問題?そこに注目してはいけない理由

GPS裁判で一躍、時の人となった感のある大阪の亀石倫子弁護士。
時折メディアにも登場して、活躍の場も広まっているようです。
“美しすぎる弁護士”のお姿を見られる機会が増えたのはたいへん嬉しい♪

亀石さんに関してはすでに一度情報を集めさせていただいていますが、その後さらに刺青裁判の情報で感銘を受けましたので、そのことを書いてみます。

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亀石倫子弁護士に注目が集まっている

亀石さんが注目されるきっかけになったGPS裁判というのは、警察が犯罪捜査をする際に裁判所の令状無しでGPSを使っていいのかどうか、を争った裁判。
GPSを使えば容疑者の足取りを容易に把握できますから、捜査上大きなメリットがある。他方で、その使用に歯止めがなければ、プライバシーの侵害にもつながって行く。例えば容疑者の関係者にまで使用が拡大されたりするのは、ちょっと?と感じますよね。私の理解した範囲ですが、こんな問題が法廷で争われたものと理解しています。
結果は弁護団、つまりチーム亀石の勝利となりました。闇雲にGPS使っちゃだめよ、みんなでルールをちゃんと決めましょう、的なところに落ち着いた。

これって、捜査機関を相手取っての大勝利。独立して間もない弁護士さんとしては鮮やかな実績です。しかも承知の通りの美人ってことで、いやでも注目が集まっているわけです。

確かにメディアでとりあげて、そのお考えなど詳しく伺ってみたいですね。

なるほど、気持ちはわかります。情報がまだ少ないんですよね。

亀石弁護士のプロフィールなどはこちらをご覧ください。

亀石倫子弁護士の“鼻”にも注目が集まっている

ところが、注目が集まると人の視線というのはあさっての方向にも集まるもの。
こんな発言がちらほら。

よく見ていらっしゃいますね。

最近は有名になると必ずこういうフィルターが、一度はかかるみたい。いわゆる有名税みたいなものでしょうか。確かに亀石弁護士はあまりに整ったお顔立ちなので、こんな風に見ている方も少なくないのかも知れません。

真偽のほどは私にはわかりません。ともかく先に行きましょう。
今、亀石弁護士に期待されているものはかなり大きいような気がするので。

 

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亀石さんの次のテーマは共謀罪?

こんなtweetを↓目にしました。

この企画に対するスタンスや関与の度合いはこのチラシだけではよくわかりませんが、いわゆる共謀罪問題が戦前のような捜査機関の暴走を招きかねない、という指摘は各所でなされています。
GPS裁判では警察とやりあった亀石弁護士が、この共謀罪の問題をどのようにとらえていらっしゃるのか、興味をひかれるところです。

また、沖縄の基地問題を巡っては、地元沖縄と政府がガチで対立する事態になってしまっています。亀石弁護士は別のところで「国家権力の行使をチェックする役割もある。そこが私にとってのやりがい」とおっしゃっていますが、基地問題にどのようなスタンスで臨まれるのか、これまた興味深いところ。

GPS裁判では、GPSのやみくもな使用をいさめつつも、使用そのものをやめろという主張はしなかった亀石弁護士。そのバランス感覚に注目です。

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時代が亀石さんを呼んでいる!

「時代が人を作る」とは時折聞く話。
ガチの保守と言われる政権が長く続き、野党の凋落は目覆うほど。そんな中で森友学園のようなニュースが出てきて驚かされました。まさか教育勅語を教えている学校と総理大臣の関係が疑われる事態にまでなっているとは・・・加計学園の問題も、まだくすぶっています。

他方、世界を見回せば、トランプ政権が自由や人権といった長年の理念をかなぐりすてて実をとろうとしている。

こんな状況の中、亀石弁護士の主張は至極健全というか、私には気持ちのよいものに感じられます。

もちろん主張に関してはいろんなご意見はあるでしょう。
ただもう一つ注目しているのは、いわゆるタトゥー裁判で見せたという亀石さんの法廷戦術。

タトゥー裁判というのは、これも私が理解した範囲では、刺青が表現なのか医療なのかを争ったもので、GPS裁判に先立って亀石弁護士が活躍した裁判です。(詳しくはこちらの記事をご参照下さい。)

私は知らなかったのですが、この裁判の冒頭で亀石弁護士は何とあの文豪・谷崎潤一郎の『刺青』の冒頭を朗読したと言うのです。

其れはまだ人々が『愚』と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。
出典:法廷で「谷崎潤一郎」を朗読 タトゥー裁判「異色戦術」の舞台裏 – withnews(ウィズニュース)

『刺青』は、雑誌「新思潮」に掲載された、谷崎の実質的な処女作。明治43年11月のことです。

GPS裁判ではプライバシーの問題を扱った亀石弁護士ですが、タトゥー裁判では個人の表現や芸術の問題を扱っています。単に杓子定規にプライバシーを振り回しているわけではなくて、その一歩奥にあるものを大切にしている様子がうかがえます。

そして戦術としても人の感情にしっかり訴えられるような新しい工夫をされているし、それができる力がある。
ちょっと長くなってしまったのですが、引用させていただきます。

なぜ、裁判には似つかわしくないような、「文学的」な陳述を行ったのか。閉廷後に亀石弁護士に取材すると、こんな答えが返ってきました。

「『刺青』で描かれた江戸時代、刺青はカッコイイものとして人気がありました。身体を美しく彩りたいと願うのは、古代から続く人間の本能です」

「当時と現代とで時代は変わりましたが、それでもなお変わらないもの、守らなければいけないものがある。主人公の彫り師は元浮世絵師でもあり、彫り師はアーティストなのだという思いも込めました」
出典:法廷で「谷崎潤一郎」を朗読 タトゥー裁判「異色戦術」の舞台裏 – withnews(ウィズニュース)

刺青の是非は別として、何かこれまでの弁護士さんのイメージとは違うものを感じるのは、私だけでしょうか?

裁判員裁判の時代、こうした人の感情をたいせつにした弁護士さんが活躍してくれるのは嬉しいことです。もう少し言っちゃいますが、アメリカでトランプさんの強権にとりあえずくさびを入れたのは裁判所でした。国会がわやわやな中、こんなジャンヌ・ダルクが表れてくれたのは、かすかな希望かも知れません。

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